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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)78号 判決 1954年12月24日

上告人 松本一郎(仮名)

上告人 松本きく(仮名)

右両名訴訟代理人弁護士 又平俊一郎

被上告人 福田○○○株式会社

右代表者代表取締役 福田政一(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告理由第二点について。

家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきものであるということはいうまでもないが、相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。

その他の論旨はすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 井上登 裁判官 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

○昭和二八年(オ)第七八号

〔上告人〕 松本一郎

〔同〕 松本きく

〔被上告人〕 福田○○○株式会社

右代表者代表取締役 福田政一

上告代理人又平俊一郎の上告理由

原判決は左記の通り理由不備、審理不尽の違法あるものなるを以て原判決を取消し上告趣旨の通りの御判決を求める。

第一点 原判決は相続抛棄の申述の期間の始期である相続開始を知つたときは被控訴人両名の主張のように相続開始の原因である事実を知つただけでは足りず自己が相続人となつたことを覚知したときであると認定し乍ら松井勇作は昭和十年○○月○○日被控訴人松本きくと養子縁組を為し昭和十二年○月○○日に控訴人松本一郎と婿養子縁組をなし松本勇治は昭和十七年○月○日隠居して控訴人松本一郎がその家督相続をしたが右三名は同一家屋に居住し松本勇治は○○○○の行商をし被控訴人松本一郎は○○商を営み会計は別としていたこと、松本勇治は死亡のときは親戚方で死亡し被控訴人松本一郎が死亡の翌日である昭和二十四年○月○○日にその旨を届出でたが松本勇治には別に財産もなかつたこと、その後間もなく控訴会社の代表者福田政一が被控訴人松本きくに直接松本一郎の上記認定の債務を請求し控訴人松本一郎もその事実を知り被控訴人両名は金がないので支払えないと弁疎したことを夫々認めることができ外に右認定を動かすことのできる証拠はなにもない、さうだとすれば格別の事情につきなんの主張立証もない本件では被控訴人両名は松本勇治が死亡当時、少くとも死亡後間もなく同人の相続人になつたことを知つたものと認めるのが相当であると判示してゐるが右審判には承服し難く理由不備、審理不尽の違法がある。右弁疎はたとへそれがあつたとしても必ずしも相続開始の事実を知つて弁疎したものとはいはれぬ。父子の関係にあつたので道義上左様に弁疎したものと認めるのが相当である。日本では子の債務を親に請求し親か支払へぬと弁疎することのあるのと同様である。仮りに金がないので支払えないと弁疎したとしても、それが法律上両名が死亡当時又は死亡後相続開始の事実を知つたものと認めることは相当でない。被控訴人松本一郎は一介の○○職人、きくはその妻であつて既に松本一郎は松本勇治の家督を相続したので勇作の死亡によつて更に相続の開始したことを知らなかつた。要するに法律の不知によつて知らなかつたと主張してゐるのである。原判決は何等この点について審究してをらぬ。思ふに民法中遺産相続に関する規定の如きは我国古来の慣例にも存せざりしところにして不知の間に遺産相続が開始せられ自己は何等の財産を受けつがずして多額の負債のみを相続し一生これがため苦しむものあるべく、かゝるものに対しては法律上遺産相続ありたることを知りたる時を相続開始を覚知したるものと解するを相当とするものである。被控訴人松本一郎が既に勇治の隠居により家督を相続したるに拘らず勇作の死亡により更に遺産相続の開始したるものを覚知しなかつたことは普通一般の常識ある者の当然とするところであつてさればこそ三ヶ月内に相続抛棄の手続をとらなかつたものである。本件訴訟が静岡地方裁判所沼律支部に提起されてはじめて被控訴人等は疑問を生じ被控訴代理人の法律上の説明によつて驚いて相続抛棄の申述を為したもので名古屋家庭裁判所豊橋支部ではこの事情を認めて右中述を受理したものである。斯くの如く法律の不知により被控訴人両名は遺産相続開始を覚知しなかつたことを主張し覚知してから三ヶ月の期間内に相続抛棄の申述を為してこれが受理された旨主張してをるのに拘らず、又それが教養なき被控訴人等現在の国民一般の法律知識にてらし相当であると認めらるゝに拘らず右法律不知によつて覚知しなかつた点について何等原判決は審判してをらぬのはまことに理由不備と言ふべきである。

第二点 原判決は相続抛棄の申述の受理は一応の公証を意味するもので相続抛棄が有効か無効かの権利関係を終局的に確定するものではない、その有効か無効かは民事訴訟法による裁判によつてのみ確定すべきものであると判示してゐる。一応尤もの様に思はれるが相続抛棄はその申述が有効に受理されたとき効力を発するものであつて他の裁判所の裁判によつてその有効、無効を左右さるべきではない。本件の相続抛棄の申述が受理されたのは相続開始を覚知したときから三ヶ月間に抛棄の申述があつたものと認められて受理されたものでありその時有効に抛棄されてゐるのである。裁判所は利害関係人の請求によつて右三ヶ月の期間を伸長することさえも出来るものであつて一旦受理せられたる申述が他の裁判所の裁判で容易に左右されるが如きは相続抛棄につき申述の手続の行はれる立法の趣旨を沒却した解釈と言はなければならない。若し夫れかゝることを許すならば相続の抛棄が一の裁判所で有効と認められ他の裁判所では無効と認められ永久に相続財産の帰属するところが決定しない結果となるものであつて原判決はこの点に於て法律の解釈を誤つてゐる違法がある。

第三点 次に被控訴人両名の債務免除の抗弁について原判決は之を認むべき証拠はないと判示してゐるが被控訴人等は亡勇作の煙管の売掛帳を控訴人に渡し控訴人はこれによつて債権を取立てるべきことを約し且つ被控訴人の債務の免除を為したることは被控訴人等の証言によつても明瞭なところで控訴人が右売掛帳によつては売掛代金を回收し更に被控訴人両名に対しては尚本件債務を請求するが如きことを契約することのないことは社会常識から照らしても当然のことである。この点に於ても原判決は審理不尽の違法あるものである。

以上

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